Mercedes's Diary -19ページ目
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あるDJのつぶやき

「ドアーズの子供がコモドアーズ・・・・・」

臨時雇いはミュージシャン

     まだ知らぬ

           君の歌声想いつつ
     
                  唄えぬ我は君を詠う

三日月

月 1    ここへ越してきたのは6月の半ば。梅雨の時期なのにまだ雨が降らす、乾いた風とまぶしい日差しが気分を明るくした。
それはたった3時間程度で決めた事。この部屋へ引っ越す。今までの狭い一部屋から抜け出して、2部屋あるこの部屋へ引っ越す事は素敵なアイディアに思えた。そして引越しの日、荷物が7階から5階へと移され、テレビや椅子やすべての家具が私の思い通りに置かれ、無事に引越しは終わった。私はしばらく7階の狭い一部屋に残り、部屋の壁を見ながらつぶやいた。「やっぱりこの部屋が好き。間違いだった、引っ越すなんて」

 何度も見た夢。
“私は7階の部屋を出て、何処かの素敵な場所の素敵な部屋へ引っ越す。だけどその日の内に後悔する。どうして引越しなんてしたんだろう。あの部屋が大好きだったのに。でももう戻れない。もう、決して戻れない。そして目が覚めて、自分の狭い部屋の壁に飾ったアントニオ・カルロスジョビンのレコードのジャケットを見て安心する。私、引越しなんてしていないんだ、と”
そんな私が引っ越したなんて、自分でも信じられない。そしてやっぱり夢と同じで、後悔している。

 夏は風が入り涼しく過ごせた。7階に比べると5階は低いから外から見られる心配がなくなった。もちろん景色は以前より退屈になった。広いベランダは初め物珍しくよく出て、外を眺めたが、見えるものは隣のビルの壁と通りを隔てたビルの屋上だった。

 秋が来て金木犀の香りがただより始めた。私は引越しの日になくした情熱を9月には取り戻すだろうと思っていたけれど、10月に入った今も部屋のあちらこちらに引越しに使った箱が中身の入ったままの状態で置いてある。
もうじき寒くなる。この広い部屋で暖かく過ごす事が出来るだろうか?その事を近頃よく考える。そしてつぶやく。「この部屋に来て、良い事なんて何も無い」

 今日は天気が朝から良くて、一日中部屋へ日差しを取り込んでのんびり過ごした。夕方、夕日を避ける為カーテンを引き、夕食を早めに済ませ、落ちた夕日の残したオレンジやパープルの色が混じる空を見るためカーテンを開ける。通りの向こうのビルの上に傾いた三日月が見えた。椅子にかけて三日月を見つめる。謎めいた気位の高い美女の様な三日月はきれいに私の部屋から見えた。私はビル・エバンスのYou must believe in springのCDをセットして流し始めた、少し抑えた音量で。

 天国の愛しい君、聞えますか?この部屋から椅子に座ったままお月様が見えます。なかなか良い部屋でしょう?タイの小島で彼方と浴びた月光も柔らかく素敵だったけれど・・・。

~~ 私達は月の映る静かな海の浜辺を何も話さず歩いていた。波が時々私達の足を洗う。
突然私が『月影のなぎさ』を歌い始める。笑い出す愛しの君。
「そんなの知ってるの?」
「知ってるわよ。だから歌ってるのよ、『Moon Light Swim』でしょ?」
「でも、誰の歌かは知らないだろう?プレスリーじゃないよ」
「知ってる、アンソニー・パーキンスでしょう?」
「君、本当はボクと同い年じゃないの?」~~

 今日の三日月もシャープで美しいです。一緒に見たいですね

乙女の夢 叶う

 私は自分の体については、痩せ過ぎの為背中と胸の区別がつかない事以外、あるひとつの事を省けば、不満はない。それは私の足が大きい事。
サイズは24cm。もちろん24.5cmや25cmの足を持つ女性もいるが、それは彼女達の事。私の事ではない。
 しかし、私の周りには集めた様に足の小さい女性が多い。21cm、21.5cm、22cmなど。そして彼女達は口をそろえて言う。
「良いデザインの靴はサイズが23から24cmなのよね。良いわね、素敵な靴が選べて」
私の持っている靴は、ナイキの白地にパープルのライン入りで紐もパープルのスニーカー、アディダスのブラウンにこげ茶の紐のスニーカー、黒のリーボックのスニーカー。素敵なデザインの靴なんか持っていない!

 お風呂に入り、足を伸ばして湯船から足先を出す。伸びた足は足首辺りからが足元に見えて、実際より大きく見える。それを分かっていながらも、やっぱり思ってしまう。
“大きな足・・・”そして ため息
 
 私はアメリカに滞在中シャワーしか使わなかった。お風呂の時間に、大きな足を見て いつもため息をついていた事もすぐに忘れた。

 ある日友人と彼女のだんな様と私の3人でテレビを見ていた。3人ともお気に入りのソファーに座り、オットマンに両足を乗せ、お好みの飲み物をサイドテーブルに置き、溶かしたバターをかけたポップコーンを食べながら、私達はコメディー映画を見ていた。
 
 私の右隣のソファーに座っていた友人のだんな様が突然言った。
「さおりの足は小さいね、サイズはいくつだい?」
私は彼の言葉に驚きながら自分の足を見た。オットマンに乗せられた私の両足の横に、彼の左足が乗せられている。彼の左足の横にある2つの足のなんと小さい事!
「サイズは6かな」
そう答ながら 自分の足がいつの間にか小さくなった事に驚きを隠せない私。それを見た友人が私に聞く。
「何をそんなに驚いているの?びっくりしたみたいな顔してる、どうして?」
私はふざけて、自分の足を愛しそうに両手で撫でながら言った。
「私、自分の足が大きくてとてもイヤだったの。でも今見たらとても小さく見える。まるで魔法にかかったみたいよ。あーこの小さな足・・・頬刷りしたいくらいよ!」
友人も彼女のだんな様も大笑いした。私も笑ったが、笑いながらもう一度小さくなった足を確かめる様に見た。そしてつぶやいた。
“やっぱり小さい・・・”

 日本に戻って来て、また普段の生活が始まった。私が帰国した時は季節が暑い時期だった事もあってシャワーしか使わなかった。
そして秋が来て私は久しぶりに湯船につかり、いつもの様に足を伸ばし湯船から足先を出した。
足は以前の大きな足に戻っていた。そして私はまた ため息をついた。
“魔法が消えたんだ・・・・・”

 写真が一枚ある。私が両足を乗せているオットマンに、友人のだんな様が自分の左足を乗せている。その足の裏には彼が笑顔をらくがきしている。それが見える様に友人が私と彼の足を裏から撮った写真。
私の足は小さくて、はにかむ様に 笑顔の書かれた大きな足の隣で二つ並んでいる。

「実は、私の足、ちょっとだけ小さくなった時期があるんですよ」
あなた、信じてくれますか?

言葉の持つ意味とイメージ

 行きつけの歯医者の先生は腕が良く人気の歯医者さん。場所も私鉄駅のすぐ前のビルの2階にある事から患者がいつ来ても多い。
私は子供の頃、歯を磨くのが嫌いで、乳歯のほとんどを虫歯で失った。一度は左の頬が、まるで童謡「こぶとり爺さん」のおじいさんの様に大きく腫れて、家から2軒隣のいつも行く歯医者へ毎日通った、日曜日まで特別に。
今は半年に一度検診を受けている。この変わり様は自分でも面白く思うが、歯の治療費を思うと、変わらずにはおれない状況が現実としてある訳だ。
 歯が痛むとすぐに歯医者へ行く。とにかくすぐ行く。ある意味普通の人とは違う。しかし、昔の痛い思いをした治療を思えば、最近の歯の治療はそれ程痛くないと思う。これもある意味普通の人と考えが違うかも・・・。とにかく私には歯医者はそれ程イヤな場所ではない。

 1983年 6月のある日
半年毎の検診。虫歯になりかけている歯が1本あると言う事で治療が始まった。
仕事帰りに寄る。同じく仕事帰りや学校帰りの患者が何人も待合室にいる。
私は持っていた本を読み始める。
好きな作家の1人、山口瞳。週刊誌に連載されていたコラム『男性自身』を集めて本にしたもの。サラリーマンをターゲットに書かれたコラムだが、私にも面白く読める。一篇が週刊誌の2ページ程度なので、すぐに読み終ええる。だからいつでも読み始められて、いつでも本を閉じられる。
 まもなく名前を呼ばれ、診察台へ案内される。この歯医者は診察台が4つあり、診察台に乗っても、しばらく待つ事が多い。
私は本を診察室まで持って行き、診察台に乗ってからも続けて本を読み始めた。

 いろいろな音が聞える。人が嫌いな音がここには集められている。私は夢中で本を読んでいて、それらの音は気にならない。
歯医者のスタッフが診察室を歩きまわる。その動きで履いているシューズから音がする。きっとその音も人を緊張させるのだろう。
 1人のスタッフが私の元へやって来て、使い捨てのエプロンをかける。私は読んでいた本のページに人差し指を挟めて閉じ胸の前から降ろし、胸元にエプロンがかけられるとまた本を開いて読み始めた。
エプロンをかけてくれたスタッフの女性が私の読んでいるカバーのかかった本に目を落とす。
「何を読んでいらっしゃるんですか?」
彼女に尋ねられて私は答えた。
「『男性自身』です」
その瞬間、彼女の表情は驚きに変わった。
「えっ? 」
そして、すぐに続けて
「あっ、そうですか。もうしばらくお待ちください」
とにこやかな笑顔で言った。

 私は治療を終り電車に乗って帰宅した。
部屋の明かりをつける。そして突然分かった。彼女のあの驚きの意味を。
彼女は思った、私が『男性自身』を読んでいると。
私自身それがどんな内容の本になるのか想像は出来ないが。

彼女は思った。
私が
『男性自身
を読んでいるんだと。

一体それはどんな本なのだろう・・・・・。

ムスタング

 私は車の免許を持っていない。どう考えても自分には無理だと思った。
 
 車を運転しないせいか、車について知らない事が多い。
ひき逃げ事故を見ても、せいぜい私に答えられるのは「白い車、たぶん4ドア」程度。
そんな私でも好きな車がある。たとえばジャガー。色はもちろん深いグリーン。きっとあの色にも特別な名前があるのだろうが私は知らない。
アウディやゴルフも好きな形の車。昔のワーゲンも素敵な車だと思う。

 学生寮に入る事が決まり、寮へ移る日、兄が私にくれたものはプラモデルのムスタングだった。
兄も大勢の男性と同じ様に車が好きで、車の雑誌をよく見ていた。自分が好きな形の車が載ると私に見せ、意見を聞く。私にはあまり好きな形の車が無かったが、ある日ムスタングを見せられて、私は「いいね」と言った。

 兄がくれたムスタングは寮を出るまで私と一緒に生活した。
その後、何度もの引越しが、プラスティックのムスタングを痛めつけ、結局形が壊れてしまい、私は手放す事にした。
 
 1枚の写真に残ったムスタングの姿は、寮の壁に貼られた「ヒンデンブルグ」のポスターの前でスマートな横顔で写っている。今ではそれ程魅力的な形に思えない車だけれど、あの頃はカッコよく思えたムスタング。
若かった・・・って事かなぁ。

8月14日 日曜日 晴れ 1983年

 早朝の目覚め。今朝は新聞が早く見たい。
北別府と江川の投げ合いだった昨夜の後楽園。
江川のエラーで2点入れられたけれど、3ヒットだけ。
北別府の方はバカスカ打たれたが・・・・・。
9回の裏で2:0から同点へ持ち込んだ巨人。
12回裏で、あの原からの打順で 原、三振の後に
彼は ”振り逃げ "をやった。
驚きの達川は一塁へボールを投げたがセーフ。
驚き・・・。

ロッテは阪急に4:4、落合は4の3。
打率8位から5位へ上昇、320
2位は香川の331、1位は島田の332。
落合このまま 上がれ 上がれ。
昨夜は15号ソロを一回に打つ。
毎日1本打って そして今年も打率王だ!

ミックス

 建物の4階だけがそのユースホステルだった。一応フロントらしき場所があり、金髪のどう見てもイタリア人には見えない男性がアメリカ英語で笑いながら話しかけてくる。
「ハーイ、さおり。よく来たね、僕はマーク。よろしく。迷わなかった?」
「何とか着きました。どうぞよろしく。」
彼は私のパスポートを預かり、部屋は真後ろの6人部屋と言う。私はすぐに振り向いて部屋を見ると、そこにはパイプで出来たベッドに腰かけ、カシス色に染めた髪を天に向かって尖らせてスプレーで固めている男の子が見えた。
お と こ。男の子?何で私の部屋に男の子がいるのよ!
「あのー、あの赤い髪の子はあの部屋に泊まっているんですか?」
「ああ アラン?そうだよ。君、もしかして知らなかったの?このユースは全部ミックスの部屋なんだよ。」
「あぁ、そうですか」
「大丈夫だよ、皆良い子ばかりだから」
「私は男女別々だと思っていたから予約を入れたんです。他のユースを探す事にします。この近くに他のユースがあれば教えていただけますか?」
マークはちょっと困った顔をして、少し待って、と言って何処かに消えた。
 少し高い料金でも女性だけの部屋があるユースを探さがそう。ミックスなんて冗談じゃない。テルミエ駅の西側はホテルが良くないって聞いていたけれど、こう言う訳か・・・・・。
 マークが戻って来た。彼の顔には やれやれ、と言う感じが表れている。まさに“これだから日本人は面倒なんだ”と言いたそうだ。
「君の為に特別に女性だけの部屋を作ったよ。こっちの部屋だ。ドアの前の左のベッドが空いている。どう。ハッピーかい?」
そこは先ほどと同じ6人部屋で今は誰もいない。窓にかかったレースのカーテンからまぶしい6月の日差しが差し込んでいる。
「どうもありがとうございます、良かったわ。」
「じゃ、改めて、ようこそローマへ」
「ありがとう」

 着いた日は軽い頭痛に悩まされ、カラバッチョの絵を見るつもりだったけれどあきらめた。
 駅の周りをぶらぶら歩いて部屋に帰る。ちょうど夕食の時間になっていた。
外で食べるより安く、量も沢山なので、他の宿泊客と一緒にたべる。
パスタを食べ終えた1人の女の子が
「これで終わり?デザートは?ティラミスは無いの?」
と叫ぶ。
私はパスタだけでお腹も一杯になって、ティラミスと叫ぶ彼女の大いなる食欲がうらやましかった。
ここは何を食べても美味しいイタリアなのに、私はパスタ一皿だけで、デザートも入らない。
 長時間のフライトの疲れか、9時を過ぎると眠くなった。先ほど夕食で一緒だったアメリカ人のジェシカとモリーはシャンプーした髪を乾かしながらボーイフレンドの話をしている。私はそれを子守唄代わりにしてすぐに眠りについた。

翌朝、6時に目が覚め7時までベッドで今日行くバチカンの資料を読んで、朝食は外で食べる事にして外出する。
近くのカフェでカプチーノとパンを食べ、早速バスでバチカンへ行く。
 バチカンでは端から端まで見て歩いた。上から下までとも言える。明日もう一度来たいと思いながら、ナヴォーナ広場まで歩き、ドルチェビータで夕食をとってユースにたどり着いたのはすでに10時を回っていた。
 私が自分の部屋のドアをノックして開けると、そこには男の子達がいた。
彼らは5人で、いずれも上半身は裸、皆がそれぞれのベッドの上に転がって英語で話をしている。ドアを開けた私に一瞬目を向けたが、すぐに話しに戻る。私は自分のベッドの上に乗りひざを投げ出して腕を組み、壁に頭を持たせかけて、どうしたものかとしばし考える。彼らが私を見なかった様に振舞うので、私も彼らがいないかのように考える。しかし彼らの話は自然に聞こえてくる。内容は昨夜彼らのルームメイトだった女の子の事。
「オレなんか眠れなかったぜ、あの体が手の届く所で寝てるんだぜ。たまんねーよ」
「分かる、分かる。オレも気になってさぁ。」
「思い切ってやっちまえばいいのにさぁ!間抜けだなぁお前は」
「簡単に言うなよ、そんな事出来るわけないだろー」
「でも、たまんなかったよなぁ あの胸」
 私がもし、昨夜彼らが一夜を共にした女の子の様にグラマーでセクシーでしかも美人だったら、彼らは私に声をかけてくるだろうに。彼らにとって私はみすぼらしくやせこけた英語もわかんないおばさん、って所かな。
 私はまるで話が聞えない振りをしながら、“それでも、ここで着替えるのは無理だなぁ。ジーンズのままで眠るか・・・・”と決めた時
「ヘイ、そこの君、英語分かる?」・・・・・私に聞いてるの?
「あぁ・・えぇ、分かるのよ・・・・ごめんなさい」
「くそっ!」「マジでー!」「うそだろー!」こう言う生きた英語を私は聞きたかった!
「きれいな女の子と同じ部屋で眠るもの問題ね」こう言いながら私はこの野蛮な連中と今夜同じ部屋に眠る事を考えて途方にくれた。おまけにこんな若い連中とでは話も合わない。
まぁ、とりあえず・・・
「どこから来たの?」
「オーストラリア。君は?」
「私は日本から。名前はさおり。オーストラリアの事なんて何にもしらないわ・・・・・でも私、ちょうど日本を出る前の日にワールド・カップ・ラグビーのオープニング・マッチを見たの。オーストラリア対南アフリカよ。あなた達、大切な試合を落としたわね。だけど私、理解出来ないんだけれど、どうして今もキャンピージが代表メンバーなの?分からないわ。もちろん彼が凄い選手だという事は知っているわよ。でも、正直言って今の彼には以前のパワーは無いと思うの。チャンスもかなりつぶしていた。今でも彼を代表メンバーとして使うなんて私には理解できないわ」
私はここまで一気に話して、彼らを見つめた。彼らも同じ様に私を見つめていた。
「俺達も同感だよ」「本当に理解出来ないよ」「その事はみんなで言っていたんだ」
私はその言葉を聞いた瞬間、心でガッツポーズを取った。“3ポイントとったぞ!”
「だけど日本はどうなんだよ?最多得失点の記録を作ったじゃないか!」
「日本の目標は一勝する事なのよ。たったの1勝。でも彼方達は違うわ。目標は連覇でしょう。また優勝して、エリスカップをオーストラリアに持って帰るのが目標でしょう。今年は南アフリカ開催だから、彼らは有利よ。ニュージーランドも若手が育っていて油断できない。今回優勝するのは難しいわよ」
彼らはこの話が気に入らないのか、黙ってしまった。そして1人が言う。
「確かに、難しいな今回は・・」
私は彼らが急にひどく可愛い自分の弟たちに思えてきた。
 その時部屋のドアにノックがあり、フロントの、名前を知らない黒人の子が入って来た。
「さおり、君の部屋は今日、奥の4人部屋なんだ。案内するよ」
私はせっかくポイントを稼いだのに・・・・・と思いながらも、少し安心した気持ちで部屋を移るため荷物をベッドの下から出す。
「楽しい話をありがとう、さおり」「またな、さおり」「お休み、さおり」
「皆、お休みなさい。エリスカップはきっと彼方達のものよ」
そう言うと私はグリーンの軽いバッグ1つも持って部屋を出た。
案内の子は4人部屋の前で「君の希望の女の子だけの部屋だよ」と教えてくれた。
「どうもありがとう。おやすみなさい」
4人部屋の私以外の子は皆ベッドでカードを書いたり、地図を見たりしていた。
私は自己紹介もせず、着替えを済ませ、すぐにベッドにもぐりこんだ。
 
 翌朝、朝食をダイニングでとっていると例のオーストラリアの学生達が現れた。彼らは私を見つけると
「おはよう さおり。よく眠れた?」「やぁ さおり おはよう」とからかう様でもなく挨拶してきた。
私は彼らに挨拶を返しながら、心でつぶやいた。これからユースを使う時は必ずミックスでない事を確かめる事。私はすでに切り札を使ってしまったのだから。

ある日のマラソンレース

 ある日職場の心療内科の先生が話しかけてきた。
「走っているんだって?」
「そうなんです。スポーツクラブ辞めたんです。クラブに払っていたお金で英会話スクールに入ったんです。でも運動はしたかったから走り始めました。走るのはタダでしょう?」
「どの位の距離走ってるの?」
「近くの公園に1マイルのコースがあるんです。そこで1時間。」
「何周くらい走る?」
「6周です」
「ふーん。中々良いペースだね。今度○×島で20キロの時間制限のないマラソンレースあるけど、出てみない?」
「えっ、無理ですよ。20キロも走った事ないから」
「大丈夫よ、ゆっくり走ればいいから」

 その後私はマラソンに夢中になり、いろんな所へ走りに出掛けた。
友人は言った。
「お金払ってまで走りたいの?」
「だって楽しいもん」

 ある市主催のハーフマラソン。これには2時間でゴールの制限がありかなり本格的なもの。
それでも私は何とか2時間以内で走っていた。
 
 初めて出場した年、それは私には2度目のマラソンレース、そして時間制限のある初めてのレース。そのため私は1キロ6分程度のペースで走る計画で参加した。もちろんレースが始まるとスピードは上がり1キロ5分半程度で走り、前半でかなりの時間の貯金をする事が出来、それが私を勇気付けた。
走り始めると当然の事だが、同じペースで走る人達が回りに集まる。3キロまでは30人程度、5キロを過ぎると10人程度、そして10キロを過ぎた頃から私を含んで4人の塊が出来た。
私よりかなり若いと思える2人の女性とやはりその女性達と同じ年頃の男性が1人。
私達は小さな正方形を作り、時々先頭が入れ替わるも4人で同じペースで走り続けていた。
その内4人の中の1人の女性がペースを落とし離れていった。そして私達は正三角形になった。
若い男女が前をその後ろを私が走る形が2キロほど続いた所で男性が言った。
「僕達、ずっと一緒に走っていますね」
すると隣の女性が走りながらもにこやかに
「そうですね」
と答えた。私は思った・・・・私は?私は?私も一緒に走っているんだけれど?・・・
「同じぺースなんですね、僕達」
「ええ、そうみたいですね」
男性は隣の女性に話しかけながら、笑顔で走っている。女性の方も嬉しそうに男性の話に答ながら走っている。
私は思った・・・ちょっと何なのよ、これは!なんで“僕達3人”じゃないわけよ!年?可愛いから?何で私には声かけないのよ!このダラス・カウボーイズのTシャツが見えないの?私カウ・ガールなんだけど!
 私はパワーに少し余裕があったのでペースを上げて正三角形を崩した。そして1人で走り始めた。

 前半に貯めていた時間を18キロ地点頃から使い始め何とか2時間以内でゴールする事が出来た。

 教訓
出会いは何処にでもある、たとえマラソンレースでさえ出会いの場と化す。
次回は自分から声をかけよう。そうなったらレースは二の次。
相手がペースを崩して消える事もあるので、連絡先を書く為ペンを携帯す事。
  
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